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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)48号 判決 1963年1月31日

原告 住友化工材工業株式会社承継人 住友ベークライト株式会社

被告 株式会社 日立製作所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十九年抗告審判第一八七〇号事件について、特許庁が昭和三十一年九月六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告の被承継人である住友化工材工業株式会社は、昭和二十五年四月十八日出願、昭和二十六年十一月三十日登録となつた特許第一九一、〇六〇号「色彩を永久保持する合成樹脂化粧板の製造法」についての特許権者であつたが、被告は昭和二十八年四月二十二日請求人となり前示会社を被請求人として、右特許を無効とする旨の審判を請求した(昭和二十八年審判第一三一号事件)。特許庁は審理の結果昭和二十九年八月二十七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をしたが、被告はこれに対し同年九月二十九日抗告審判を請求したところ(昭和二十九年抗告審判第一八七〇号事件)、特許庁は昭和三十一年九月六日「原審決を破棄する。第一九一、〇六〇号特許の特許を無効とする。審判及び抗告審判の費用は、抗告審判被請求人の負担とする。」との審決をなし、右審決謄本は同年十月四日原告の代理人に送達された。

これより先前示会社は昭和三十年三月一日日本ベークライト株式会社に吸収合併せられ、同会社は商号を住友ベークライト株式会社と改め、前示会社の抗告審判被請求人としての地位を承継した。

二、原告の本件特許発明の要旨は、特許明細書中「特許請求の範囲」に記載されたとおり「フエノール系合成樹脂積層板の表面に、フエノール系合成樹脂と屈折率の異なる顔料をすき込んだ、或いはこれを表面に塗布した化粧紙を重ね、その上に無色の熱硬化性ないし熱可塑性樹脂を浸み込ませた色、模様等を施した紙又は布を重ね、加熱加圧するか、或いは前記化粧紙自体に色模様を施し無色の前記合成樹脂を浸み込ませたものを前記フエノール系合成樹脂積層板の表面に重ね、加熱加圧することを特徴とする色彩を不変に保障する合成樹脂化粧板の製造法」であつて、その目的とするところは、「表面の色、模様が不変に保持される美麗な化粧板」を得んとするにある。

三、審決は、原告の右特許発明は、その出願前国内に頒布された米国特許第一九〇四七一八号明細書(昭和八年七月六日特許庁資料館受入)に容易に実施できる程度に記載されているとの理由により、新規な発明を構成せず無効としなければならないとしたが、同手続において原告の被承継人が主張した(イ)引用刊行物には、積層化粧板の表面の経年変色を防止し、表面の色を永久不変に保持させようとする本件発明の根本思想が示されておらず、(ロ)右刊行物記載の遮断層は顔料と結着用樹脂との混合物を表面シートの裏面又は裏打シートに塗布することによつて型成されるのに対し、本件発明のものは、結着用樹脂の混合されていない顔料を紙にすき込むか、或は表面に塗布することによつて型成するとの点について次のように判定している。

(イ)  引用米国特許明細書記載のものも、「本件特許発明において使用する無色の結合剤である尿素樹脂を使用する場合を包含するものであり、該樹脂を使用する場合はそれを意識すると否とに拘らず、本件特許発明が企図する化粧板の経年変色の防止が達成されるものであり、両者はこの点における技術水準には何等の差異も有するものでないことは明らかである。」従つて「発明思想上の認識の差異があつたとしても、前述したようにその技術水準には何等の差異も存在しない両者を客観的に区別することは不可能であり、到底前者が後者と別個の発明を構成するとなすことはできない。」

(ロ)  「本件特許発明においても顔料を紙にすき込む際或は表面に塗布する際には顔料を紙に保持させるために」、引用刊行物記載のものと同様に、「通常何等かの糊料を使用するものと考えられ、更に化粧紙自体に色、模様を施し、無色の合成樹脂を浸み込ませたものを使用する場合には、顔料と結合剤とを同一シートに併用することは明らかであるから、この点に関する主張も採用することができない。」としている。

四、しかしながら審決は次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  被告は無効審判の請求をするについての利害関係を有しないのにかかわらず、審決はこれを無視して無効審判をなしている。無効審判手続の冒頭において、原告の被承継人は被告が本件特許について利害関係を有することを主張せず、またはこれを立証しないことを理由に審判請求の却下を求めたところ、被告は合成樹脂積層板の製造販売を営んでいることを主張、立証したので原告被承継人はあえてこの点を論争しなかつた。しかし本件抗告審の審理中被告は原告に対し本件特許の実施権を設定すべきことを申し込み、昭和三十一年九月一日原告は被告に対し範囲を全部として実施権を許諾したものであつて(登録申請は同年十二月四日受付第二五〇二号を以つてなされ、同月十九日登録を了した。)、この許諾により原告は被告に対し特許権侵害その他一切の主張をしないことを約定したものであるから、被告は右利害関係人たる地位を失つたものである。原告側は抗告審判においてこれを主張立証すべきであつたが、後に述べる急速な審理終結、審決の事実と相まつて、原告は過失なくして抗告審判においてこれを主張し立証することができなかつたものである。

右のとおり被告が利害関係人でなくなつたのは同月一日であるから、審決取消請求事件においていわゆる処分時説に従つても、被告が利害関係を失つた前示事実は本訴において審決取消の理由となるものと信ずる。

仮りにその事実が記録上明らかでなかつたとしても、当事者の過失なくして記録上明らかにする機会を失つた場合は取消の事由として主張することができるものと信ずる。更に現在においては被告は完全に利害関係を有するものではないから、審決はこの点において取り消されるべきものである。

(二)  抗告審判において原告は昭和三十年十二月十九日書面審理の通知を受けた。当時の審査官は審判長抗告審判官近藤一緒、抗告審判官角健治、同戸村玄紀の三氏であつたが特許庁長官は昭和三十一年九月五日付のはがきで審判官を審判長抗告審判官田辺義一、抗告審判官戸村玄紀、同佐野達二の三氏に変更した旨の通知を発し、同審判長は同日付はがきを以つて審理終結の通知を発し、いずれもその翌日被請求人代理人森田雄治郎に到達した。従つて田辺、佐野の両抗告審判官は特許庁長官より審判官に指定されると同時に審理を終結したこととなり、その指定及び終結の通知の到達した翌六日には審決が下されたのである。この事実から考えると、両抗告審判官は全然審理に関与せず審決のみを下したこととなる。

当事者双方は審理終結通知を受けた後非公式に審判の再開を口頭で交渉したが拒否され、従つて正式には再開の申立をするに至らなかつた。しかし後で考えれば拒否されたのは、すでに審決ができていたためであることきわめて明白である。

書面審理であつても審判官が何等実質的に審理をせず、指定と同時に審判を終結し、その通知が届いたかどうかも確めず、その翌日直ちに審決をすることは違法である。このことは審理再開の申立を許しているにかかわらず、その機会を奪い、審判官に対する忌避の制度があるのにその機会を与えない結果となり、この点から考えても違法である。従つてかかる違法な審判の終結に基く審決は違法であり、この違法がなかつたとすれば、当事者は適法に主張を補充し強化することができたのであるから、審決はこれを取り消すべきである。

(三)  審決は前述三記載のように引用の米国特許と本件特許との発明の要旨がほぼ同様であることを認定したが、その理由中(イ)点について、米国特許が「無色の結合剤である尿素樹脂を使用する場合を包含する。」といつている。

しかしながら米国特許のこの部分は、いわば附加的部分であつて、ここに使用する尿素樹脂に本件発明におけるような「積層化粧板の表面の経年変色を防止し、表面の色を永久不変に保持させようとする」根本思想を示しておらず、そのことは米国特許の発明者の意識しなかつたところである。審決は、意識すると否とにかかわらず経年変色の防止が達成されるといつている。このこと自体は原告もあえて争わないが、発明思想上の認識の差異は、両発明を区別する標準とならないものとはいえない。「特許トシテ保護ヲ受クルニハ発明者ニ於テ其発明ノ実施ニ必要ナル各事項ニ付キ意識アルコトヲ要」するから(大審院大正十年六月二十二日判決参照)、米国特許の発明者が本件特許におけるように、無色の熱硬化性ないし熱可塑性樹脂の使用を必須の条件とすることを認識していない以上、これら樹脂の使用は特許権としての保護を受くべきではない。特許発明はいうまでもなく一種の技術成果であつて、常に再現性を具備していなければならない。技術公開の主旨からして特許明細書がその目的とする成果を再現するための技術条件の記載を要求していることはけだし当然であり、一定の成果を反覆再現するための必要条件を示さない偶然の存在は、上記の成果を意図する技術的観点においては無価値である。米国特許明細書がその殆んどの記載において結着用樹脂として有色かつ経年変化するフエノール樹脂を使用することを述べ、ただ結着用樹脂としては必ずしもフエノール樹脂のみに限定されるべきではないことの単なる例示としてたまたま尿素樹脂を挙げているに止まる。すなわちこの場合尿素樹脂は結着機能以外の何等の意図をも有しないことは明瞭で、結着用樹脂の一例として偶然に挙げられたものに過ぎない。従つて米国特許明細書は本発明の目的を満足する積層化粧板の再現必要条件を示すものではない。従つてこれが特許庁受入れの米国特許明細書に記載されていても、これら樹脂使用の効果は、通常これを知ることを得ないものであつて、これを旧特許法(大正十年法律第九十六号をいう。)第四条第二号に該当するものということはできない。従つて本件特許の発明者がこれら樹脂の使用を発見したものというを妨げない。しかもこれが工業的効果の増進著大である以上、「新規ナル工業的発明」というべきであつて、審決のこの点に関する判断は、特許法の解釈を誤つたものであり、また米国特許と本発明とを別個の発明に非ずとなす審決は妥当ではない。

(四)  審決は前述(ロ)点について、本件発明も「通常何等かの糊料を使用するものと考えられる。」と一個の独断的推測を樹立し、「更に化粧紙自体に色、模様を施し無色の合成樹脂を浸み込ませたものを使用する場合には、顔料と結合剤とを同一シートに併用することは明か」であるとし、何等の証拠によらず推理の法則を無視して原告の被承継人に不利益な判断をした。非常に稀有な場合を想定して、一般を断定することは反駁としてはきわめて巧妙であるかも知れないが、特許の同一性というような工業的意味を探求してはじめて結論を得るものについては、違法ないし独断的な判断である。

米国特許においては、遮断層は明らかに結着剤に顔料を混入したものをシートに塗布することによつて(或は含浸させることによつて)型成されている。しかるに本件特許においては遮断層は顔料のみを分散剤によつて分散させ紙にすき込むか又は表面に塗布して型成するもので、この際顔料には結着剤は混入されておらず「通常何等かの糊料を使用する」という推測には何等触れていない。結着剤は、積層板成型の際に別に結着剤のみを浸み込ませた紙布を上記遮断層に重ねるか、或は遮断層に塗布して浸み込ませるかして型成に与からしめるものであつて、「顔料と結合剤とを同一シートに併用すること」は全然予定していない。

審決は「顔料と結合剤とを同一シートに併用する。」と述べており、この場合「併用」とはいかなる状況を表明せんとしているものか明確ではないが、「加熱、加圧作業によつて積層板が成型された結果の状況を考えて顔料を含む化粧紙に結合樹脂が浸透しているから、米国特許の示すものと同じことになる。」との意味に解さざるを得ない。してみれば、審決は本件特許発明が製造方法すなわち製造工程に関する発明であることを忘れて、製造された製品の発明であるかの如く誤認し、本件特許発明の方法によつて得た製品と米国特許の製品とを比較検討して判断したことになる。

しかもこの遮断層型成工程の差は、次のような製造上の効果を伴うものである。

(イ) 米国特許のように遮断層を型成すると顔料と樹脂との組合せに制限を受け、樹脂の種類により適合する顔料を選択しなければならない。しかのみならず樹脂の縮合反応との関係において均一な塗布自体が困難となる。このことは縮合反応が酸性側で進むときも、アルカリ側で進むときも同様である。

本件特許においては、顔料のみすき込み又は塗布してあらかじめ顔料層が型成されており、加熱加圧の成型時に結着剤を与らしめるのであるから、顔料と結着剤との組合せに何等の制限がない。これは工業的効果を著しく増進するものである。

(ロ) 従つて本件特許の方法によれば、積層板の工業的多量生産においては、いわゆる遮断層をあらかじめ製造貯蔵しておき、加熱加圧する成型時において使用することができる。顔料が結着剤を含まないからである。これに引きかえ、米国特許の方法によると、結着剤と顔料とが混合されているので、縮合反応により積層板成型に当り結着しなくなるし、また長期の保存にも堪えない。

(ハ) 米国特許の方法による遮断層は、もろくなり取扱時に破損し易いが、本件特許の方法によれば破損することがなく、従つて無駄がない。

右(イ)ないし(ハ)の効果の差異は、遮断層型成の方法の差異より当然に帰納されるものである。本件特許のこの効果は、特許請求の範囲には記載されていないが、請求の範囲に記載された事項から当然に出る結論であり、また結果であつて、型成の方法の差を認める有力な標準である。しかもこの効果は工業的効果に著しい増進を来すものである以上、審決のようにこれを無視することは違法である。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一、二、三の事実及び四のうち(一)の事実はこれを認める。 二、同四の(三)(四)の主張はこれを争う。

(三)については、引用にかかる米国特許明細書のその殆んどの記載において結着用樹脂として有色かつ経年変色するフエノール樹脂を使用することを述べ、尿素樹脂もまた結着機能以外の何等の意図をも有しないであつたらうことは被告もこれを認めるが、無色透明な合成樹脂を使用するということにおいて一致している以上、その技術水準には何等の差異も存在しない両者を客観的に区別することは不可能である。もつとも同じ無色透明な合成樹脂を使用するにしても、その意図するところが、米国特許においては無色透明という点に何等の顧慮が払われていないことは、有色かつ経年変色するベークライト樹脂の代用として使用したという点においては明らかであり、これに反し本発明においてはベークライト樹脂を絶対使用しない点において本件発明の意図するところが表面の色模様が不変に保持される化粧板を得るという点にあることは明瞭であり、本件発明の根本的着想すなわち発明思想の立脚点において両者別個のものであることについては被告もこれを認めるに吝さかではない。しかりとすれば本件発明が米国特許と相違するかどうかということを問題にすべきではなく、本件発明が「米国特許明細書に容易に実施することを得べき程度において記載されたものであるかどうかについて論ずべきであろう。しかるに原告の主張する「米国特許発明が本件特許におけるように無色の熱硬化性ないし熱可塑性樹脂の使用を必須条件とすることを認識していない以上、これら樹脂の使用は特許権としての保護を受くべきものではない」という論旨は、両発明の権利範囲の異同を論じているものであり、発明の新規性について論じているものではない。

(四)については、樹脂と顔料を混合してこれを紙布に塗布する場合には、顔料と樹脂の組合せに制限を受けることは、被告においても熟知しており、本件発明の如く成型時において初めて樹脂を浸み込ませて成型すれば、原告主張のような利益のあることもこれまた推察に難くない。

しかしながらここで問題としているのは顔料のみを分散剤によつて分散させ、これを紙布に塗布して型成する場合に分散剤に何等の糊料をも含ませないで顔料を紙布に均一に塗布すること並びに分散剤が乾いた場合に、塗布した顔料が紙布表面より容易に剥脱しないようにすることが果して技術的に可能であるかどうかということである。分散剤に如何なるものを使用したら所期の目的を達することができるかについて、原告は何等の立証をもしていない。しかりとすればこの点について審決が「本件発明においても顔料を紙に保持させるために引用の米国特許の場合と同様何等かの糊料を使用するものと考えられる。」と推論したことは無理ではなく、この点について原告は分散剤について如何なる説明もしないで、かえつて審決が一個の独断的推測を樹立し、何等の証拠によらず、原告に不利益な判断をしたと非難しているのは、その当を得ない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一、二、三の各事実は、当事者間に争いのないところである。

二、先ず被告が原告の特許権について特許の無効の審判を請求するについて、旧特許法第八十四条第二項の利害関係人に該当するものであるかどうかについて判断する。

被告が、本件特許権が発明の対象としている合成樹脂積層板の製造販売業を営んでいるものであることは、弁論の全趣旨に徴し明らかである。原告代理人は、原告は本件特許無効審判事件が未だ抗告審判に係属中である(審決がなされたのは昭和三十一年九月六日)同月一日被告に対し本件特許権について範囲を全部とする実施を許諾したものであるから、被告は該特許権について特許の無効審判を請求する利害関係を喪失したものであると主張し、原被告間に原告主張の日その主張のような実施許諾の約定が成立したものであることは当事者間に争いのないところである。しかしながら特許権は、元来が何人においても自由に享受することができる筈である人類の技術的思想の所産について、国家が新規な工業的発明をした者に対し一定の期間を限つてこれを独占する権能を附与したものであるから、この独占権能の附与が何等かの理由によつて無効とせられるときは、本来の状態に立ち戻り、何人もこれを自由に享受することができる筈のものである。たゞ旧特許法はその第八十四条第二項においてこの特許の無効の審判を請求することのできる者の積極的要件として利害関係人又は審査官であることを規定しているが、およそ何等かの理由により無効とせられるべき特許権の存在により直接不利益を被つている者が、同条項にいう利害関係人であることは疑いなく、このことはその者が該特許権について実施の許諾を受けている場合においても同様にいい得るものと解すべきである。なるほど実施権者は、原告代理人もいうように、実施の許諾により特許権者から特許権の侵害の主張を受けなくなり、また事実上ある程度特許権者とならび独占による利益を享受し得るであろうが、実施権設定にいたる経過および実施料の支払その他契約に伴う諸種の制約に言及するまでもなく、実施権者の立場が、特許による独占が存在せず何人においても自由にその内容を享受することができる場合と比較して、甚だしく不利益のものであることは、多くいうをまたないところである。(このことは、旧特許法第三十七条のいわゆる先使用による実施権者について考えれば一層明白であろう。)

してみれば本件特許権が発明の対象としている合成樹脂積層板の製造販売を業とする被告は、現在においてなお本件特許の無効の審判を請求するについての利害関係を有しているものであるから、これを喪失したことを前提とする原告の主張はその他の争点についての判断をまつまでもなく理由のないものといわなければならない。

三、次に本件抗告審判における審理は当初審判長抗告審判官近藤一緒、抗告審判官角健治、同戸村玄紀により書面審理によつてなされていたが、昭和三十一年九月五日特許庁長官は審判官を審判長抗告審判官田辺義一、抗告審判官戸村玄紀、同佐野達二に変更する旨の通知を発するとともに同審判長は同日審理終結の通知をなし、これら通知が被請求人の代理人に送達された同月六日本件審決がなされたものであるとの原告主張事実は、被告も明らかに争わないところである。原告代理人は「この事実から考えると両抗告審判官は全然審理に関与せず審決のみを下したことゝなる。」と主張するが、本件事案の全体ことに審決書(その成立に争いのない甲第三号証)の記載によれば、新たに変更指定された抗告審判官は事案について書面審理をなし審決をなしたものと認定するを相当とするからこの点についての原告の主張も理由がないといわなければならない。

また審決が、審理終結の通知が当事者の代理人に送達されたと同じ日になされたことも、ときに原告代理人の指摘するような不都合を生ずることもあり得て、決して当を得た措置とはいい得ないが、それがため審決が違法となり取り消さなければならないものとは解されない。

四、よつて発明の実体について果して特許を無効とすべき理由があつたかどうかについて判断する。

(一)  当事者間に争いのない事実とその成立に争いのない甲第一号証(本件特許明細書)によれば、本件特許発明の要旨は、「(イ)フエノール系合成樹脂積層板の表面に、フエノール系合成樹脂と屈折率の異なる顔料をすき込んだ或いはこれを表面に塗布した化粧紙を重ね、その上に無色の熱硬化性ないし熱可塑性樹脂を浸み込ませた色、模様等を施した紙又は布を重ね、加熱加圧するか、(ロ)或いは前記化粧紙自体に色、模様を施し、無色の前記合成樹脂を浸み込ませたものを前記フエノール系合成樹脂積層板の表面に重ね加熱加圧することを特徴とする色彩を不変に保持する合成樹脂化粧板の製造方法」であつて、その目的とするところは「従来のフエノール系合成樹脂積層板はフエノール系樹脂の性質として色を有し、その表面に色、模様を施した紙、布等を貼り合せた場合、積層板の色が徐々に表面の紙、布等に滲透し表面の紙布を変色させ、更にフエノール系合成樹脂の経年赤変のため一層汚変させる缺点があつたのを、本発明の方法は、それによつて基材の積層板の色を遮断しこれが表面に浸透することを防ぎ、表面の美しい色、模様がそのまゝ永久不変に保持せられる美麗な化粧板を得る。」にあること、並びに前記顔料として、「亜鉛華、チタン白、ベニガラ、ハンザエロー等」が、また熱硬化性ないし熱可塑性樹脂として、「尿素樹脂、メラミン樹脂、ヴイニル樹脂、アクリール樹脂、グリブタール樹脂或はこれらの混合物等」がそれぞれ例示されていることが認められる。一方弁論の全趣旨とその成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば審決が引用した米国特許第一、九〇四、七一八号明細書は、昭和八年七月六日特許庁万国工業所有権資料館に受入れられたもので、「化粧表面を有する積層品の製造において、結着剤で含浸せられた基体シートと、透明な結着剤で含浸せられその外側表面に図案が印刷せられた透明な性質の表面シートと、基体シート及び表面シート間の不透明顔料層と、これと協同して前記印刷図案のため特別の裏地を型成する局部的着色部分とを加熱、加圧の下に一体化することよりなる方法」を第一の特許請求の範囲とする「化粧積層品及びその製造方法」に関する発明についての特許明細書であつて、これには「この発明は、透明又は淮透明(半透明)の表面シートの内面又はその付近に設けられた顔料の不透明層と組合わされた局部的着色部分に、木理のような適宜の図案を外側表面に印刷したものを適用する原理を包含するものである。顔料層は表面シートの内面に設けられた例えば薄色不透明の顔料の塗膜で型成してもよい。或いは顔料層は適当な塗装によつて設けてもよく、或いは表面シートとその下にある基体シート(後者は望むならば暗色の結着剤で含浸せられる)との間に在る特別の裏打シートを含浸することによつて顔料層を設けてもよい。表面シートは透明な結着剤で含浸され、この全体は熱硬化性結着剤を用いる場合には、一緒に加熱加圧の下に硬化すればよい。」(第一頁第二十九行から第五十行まで)及び「この積層品の製造に使用せられる結着剤は、フエノール縮合物、尿素縮合物或いはフルフラル縮合物のような熱硬化性合成樹脂よりなることを可とする。」(第一頁第六十九行から第七十四行まで)との記載があることが認められ、更にこの明細書において不透明顔料層を設けるのは基体シートを遮断して装飾的効果を得るためのものであること(第四頁第二十三行から第二十七行まで)及び顔料としてはチタン白が例示されていること(第二頁第十四行)が、それぞれ認められる。

(二)  右認定による本件特許発明の要旨と引用にかゝる米国特許明細書記載のところとを比較するに、両者はフエノール系合成樹脂積層板を基体シートとし、これと装飾図案色彩等を施した表面シートとの中間に、基体シートを遮断して装飾的効果を高めるためのチタン白等の顔料層を設け、これら表面シート及び顔料層に尿素樹脂を浸み込ませて加熱加圧下に合体硬化させて装飾板(化粧板)を製造する点において一致している。

もつとも引用特許明細書には、右尿素樹脂は、フエノール縮合物と同様に透明な結着剤としての意味において使用されることが記載されているだけで、本件特許発明におけるように、基体シートに用いたフエノール系合成樹脂の経年変色により化粧板の表面が変色することを防止する意図は何等表明されていない。原告代理人は、この点をとらえて、本件特許発明と右明細書に記載された発明とは別個の発明であると主張する。

しかし本件において問題となつているのは、本件特許発明及び米国特許明細書に記載された両発明が同一であるかどうかの問題ではなくて、原告の被承継人の本件特許出願前国内に頒布された刊行物に、本件発明の要旨とするところが容易に実施することを得べき程度において記載されていたかどうかの問題であり、しかも結着剤として尿素樹脂を使用することは右明細書に判然と記載され、これを結着剤として使用する場合、フエノール系合成樹脂を使用した場合のように経年変色を来たさないことは明らかであるから、右刊行物(本件の場合米国特許明細書)には、本件発明の要旨とするところが容易に実施することができる程度に記載されていたものといわなければならない。

次ぎに引用にかゝる米国特許明細書には、顔料層を設ける手段として、表面シートの内側又は表面シートと基体シートとの間にある裏打シートに顔料を含む合成樹脂溶液を塗布又は含浸させる方法が記載されているのに対し、本件発明における化粧紙は顔料をすきこむか或いはこれを表面に塗布して作成したものである。原告代理人は、本件発明においては顔料をあらかじめすきこむか或は表面に塗布しておき、結着剤たる合成樹脂溶液は成型の際に初めて浸みこませるものであるから、顔料と結着剤との組合せに制約を受けず、化粧紙を多量に製作貯蔵しておくことができ、かつ取扱時に破損しない等米国特許では期待されないような特別の作用効果があると主張する。

しかしながら顔料層の型成に当つて、顔料と結着剤たる合成樹脂溶液との混合物を紙布類に塗布ないし含浸させて直ちに成型操作に移すか、或いはあらかじめ顔料のみをすきこんだ紙又は紙の表面に顔料を塗布した化粧紙を製作しておき、成型の際に結着剤を浸み込ませるようにするかは、任意変更操作することができる程度の技術手段であつて、この相違が新規な発明構成上の要件となるものとは認められない。(本件特許明細書中「発明の詳細なる説明」の項にも、顔料のみをあらかじめすきこむか或いは紙の表面に塗布して化粧紙を作製することについての格別の効果は何等記載されていない。)しかのみならず本件発明の「特許請求の範囲」には「顔料をすきこんだ、或いはこれを表面に塗布した化粧紙を重ね」と記載され、この「顔料を塗布」することのうちには、ひとり証人守田恒雄の証言によつて認め得る原告の本件発明の実施方法である「紙の繊維の穴より細かい顔料を水に分散して塗布する方法」ばかりでなく、何等かの糊料を用いて顔料を紙面に保持させる方法をも包含するもの解するを相当とするから、そのいずれよりしても、右の相違は、本件発明が前記刊行物に容易に実施することができる程度に記載されているとの前記認定を覆すに足りるものではない。

五、してみれば審決が違法なりとしてその取消を求める原告の主張はいずれもその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)

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